PETE ROCK (2005.4.30 BOOTY SP -handcuts records presents Japan Tour 2005-)

まだ、記憶に新しいパブリックエナミーのリミックス「Shut’Em Down」で、多くのHIPHOPクリエイターを魅了した”PETE ROCK”。
その後も、リミックス、プロデュースワークでアーチスト達を手掛け、ナス.ランDMC、パブリックエナミー、ギャングスター、ノーティバイ ネーチャー、トライブコールクエストなど、数多くの作品をクリエートし、90年代のイーストコーストHIPHOPを代表するカリスマ”PETE ROCK” は不動の地位を確立した。
その中で、1992年、PETE ROCK&C.LSMOOTHコンビによる「All souled Out」とフルアルバム「Mecca and The Soul Brother」、「The Main lingredients」では、ディレイをかけたホーンが特徴的なピートサウンドが絶大なる支持を獲得した。その影響力は90年代全般、全世界のトラックメーカーにおよび、その存在に比較しうるのは唯一DJ/プレミアだけだった。
98年、ソロアルバム「Soul Survivor」での独創的なトラックは、今でも多くのHIPHOP ファンを魅了し続けている。
そして、2000年、遂に伝説のPETE ROCK&C.L SMOOTH が新生レーベル "handcuts records" から新曲”Back On Da Block”を日本先行発売でリリースされる。
Cipha Sounds (2006.2.11 BOOTY SP)

新しい才能を聴き分けることの出来る「黄金の耳」を持つと噂されるDJ、23歳のサイファ・サウンズ。
リル・キムのツアーDJを契機に、ウータンクラン、バスタライムス、ナズ、DMX、ジェイ・Z、マライア・キャリーなど数多くの著名アーティストのパーティーに参加してきた彼のプレイは、どんなオーディエンスの期待を裏切ることはない。
また、NYC人気No.1ラジオ局HOT97でファンクマスター・フレックスの番組や映画出演など、旬と呼ぶに相応しい人物である。そして今、彼のその圧倒的な才能とDJに対しての誰よりも真摯な態度、高いプロ意識が音楽業界を大きく変えようとしている。
MARLEY MARL (2006.9.30 BOOTY SP)

誰もが知るベテランプロデューサー/DJ、マーリー・マール(Marley Marl)は、サンプリング・ループという概念を史上初めて実践した人物。
ビッグ・ダディ・ケイン(Big Daddy Kane)、クールGラップ&DJポロ(Kool G Rap & DJ Polo)、ビズ・マーキー(Biz Markie)、マスタ・エース(Masta Ace)、ロクサーン・シャンテ(Roxanne Shante)、MCシャン(MC SHAN)ら錚々たるMCたちを招集、伝説のヒップホップ集団、ジュース・クルー(Juice Crew)を結成。
80年代末から90年代初頭いわゆる『ヒップホップ黄金期』に一時代を築いたと言っても過言ではない。
キャッチーなサンプリングと快活かつ力強さ溢れる彼のサウンドは、当時ストリートレベルだったヒップホップを、より身近に、より広い市場にアピールする ことに貢献。さらにビートメイカーとしても、イメージするグルーヴを求めてジェームズ・ブラウン(James Brown)のレコードを使用し、サンプリングすることで、独自のドラムループを編み出す。それは従来のヒップホップがドラムマシーンに頼りきっていた 機械的なサウンドを大きく変えるだけでなく、自身の80年代のプロダクションに斬新さとモダンな息を吹きかけるものとなった。
そんなキャリアを持つマー リー・マールは9月30日、NYのクイーンズブリッジで生まれた。同地区の低所得者用公営団地で少年時代を過ごし、地元のショウやパーティーでDJとし ての経験を積みながら、ヒップホップ/エレクトロを専門とするTuff Cityレーベルで数多くのミキシングを担当した。その後、冒頭で述べたジュース・クルーを結成する。ロクサーヌ・シャンテ の"Roxanne'sRevenge"(84年)、MCシャンの"The Bridge"(86年)といったヒップホップ・アンセムや、エリックB&ラキム(Eric B. & Rakim)の"Eric B. Is President"やヘヴィD&ザ・ボーイズ(Heavy D & the Boyz)のフルアルバム等で手腕を奮う。
88年にジュース・クルーの面々を迎えた初のフルアルバム"In Control, Vol. 1"を発表、90年にLLクールJ(LLCool J)のビッグヒット"Mama Said Knock You Out"をプロデュースしグラミー賞受賞するなど、プロデューサーとして不動の地位を確立させる。90年代に入ると、TLCやローズ・オブ・ジ・アン ダーグラウンド(Lords Of TheUnderground)の傑作をプロデュースする。次第にHot97で高い視聴率をマークしたピート・ロック(Pete Rock)とのラジオDJで活躍するようになる。さらには2001年に英BBEレーベルからBeat Generationシリーズの"Re-Entry"を発表すると、根強いファンからの支持を獲得、スーパープロデューサーとしての健在ぶりをアピールした。
そして何と、あのブリッジバトルで火花を散らしたKRS ONEのニューアルバムを総合プロデュースし来年1月にも発表される。全米の人気ヒップホップブレイズマガジンでは、その伝説のブリッジバトルについて3ヶ月にわたり特集されている。
DJ KENSEI (2006.11.10 Jammonnit!!)

1986年よりDJをスタート。
1986年〜1993年、都内クラブのオープニングDJやレジデントDJを行い渡英。渡英後、Slick Lickや3rd BASSなどのフロントアクトやDJ KID CAPRIらと共演。1992年、CIRCUSのレジデントDJを辞め渡豪し約1年間レジデントDJとして滞在する。
1994年〜1998年、再び都内 でレジデントDJを行う。日本語ラップのみを収録したMIX TAPEを多数アーティストの協力を得て発表する。"indopepsychics"や"KEMURI PRODUCTION"を結成し、DJ KRUSHの4THアルバム『未来』をはじめとする多くの作品に参加し、各日本語ラップアーティストのプロデュースやRIMIXを手掛け、MIX CDや MIX TAPEを多数リリースした。
1999年〜2001年、フェスティバルやファッションショー(プロデューサーとして)、"士魂”をプロデュースしベルリ ンで行われた"Lowdown mag."のイベントなどに参加、また、Kid Clytonやmonolakeなどと共演する。"indopepsychics"として『NIKE PRESTO』を代表とする数々のRIMIXを手掛ける一方DJ QUIETSTOMと共に『in time like this / 中目黒薬局』をリリースする。
2002年〜2004年、"indopepsychics"の集大成となるアルバムを2タイトル同時にリリース。オースト リア(グラーツ)で行われた欧州文化首都「GRAZ03」やバロセロナのイベントなどでDJを行う。RAM ELL ZEEとの楽曲制作(後に『this is what made me / tri-eight』をリリースする)、DJ HIRAGURIと共に"OUTERLIMITS Inc."を結成しMIX CD2タイトルをリリース、オルガン奏者KANKAWAとのユニット"NUDEJAZZ"ではセッションやライブを行い「YOKOHAMA本牧ジャズ 祭」などに参加するなど多彩な活動を行う。
2005年、"NUDEJAZZ"のライブ音源を収録したファーストアルバム『CYNODONTIA / ESP Records』をリリース。"KEMURI PRODUCTION"からは『BREAKS & BEATS DISNEY / Walt Disney Recoeds』をリリースするなどその他様々な作品を発表し、現在"NUDEJAZZ"として音源を提供すると共にセカンドアルバムなど制作を中心に活動中。
Nujabes (2006.5.26 BUTTER vol.6 -1st Anniversary- Nujabes JAPAN TOUR 2006)

現代の音楽業界全体の流れとは裏腹に、宣伝活動を行わず純粋に音=作品のリリースのみでリスナーから大きな支持を獲得した稀有のインディペンデントレー ベル「Hyde Out Productions」主宰。
30数枚の12" Singleのリリースを経て2003年に1st Album"Metaphorical Music"をリリース。
揺るぎなき音楽的根幹であり、自らその音楽性、精神性、アティテュード、実験性など全てに影響を受けたと語る70年代〜80年 代のJazzを中心にブラックミュージック全般に深い音楽的造詣/ルーツを持つ彼のサウンドは、Hip Hopというループミュージックの魅力/可能性を最大限に引き出し表現している。
2004年の3月のパリコレクションにてコムデギャルソン・ジュンヤワタナベ音楽ディレクター、フジテレビ「サムライチャンプルー」(監督は「カウボー イビーバップ」や「アニマトリックス」で知られる渡辺 信一郎氏)のサウンド制作、Sonar Sound Tokyo出演等を経て2005年11月にセカンドアルバム「modal soul」を発表。
DJ KEN-BO (2006.11.11 Booty)

84年、12歳という若さで現在の礎となるべく、DJとしての第一歩を踏み出す。
89年からダンサーとして数々のTV番組に出演する。
90年からは、 DJとして”ZOO”のサポートメンバーに加わり、テレビ朝日系番組”DADA”の選曲などを担当する。94年には、伝説のヒップホップグループ“キン グギドラ“のLIVE DJを勤める。97年からは、盟友 ZEEBRAとU.B.G (ZEEBRA、UZI、OJ&STを擁するHIP HOP集団)を結成する。
99年には、真木蔵人を中心に仲間アーティストが集まり”NAKAMA RACING TOUR”のメインDJとして全国にその名を轟かせる。また、この年の10月からZEEBRAと共にT-FMビート・トゥー・ザ・ライム(毎週火曜日生 放送)をスタートし、02年9月まで3年間レギュラーを勤める。本業の方では、一人で一晩任される5時間プレイや、クラブ閉店後から昼まで営業のイベン トを企画したり、海外(LA、カナダ、韓国)でもプレイし、常に日本のHIP HOPシーンを牽引し続ける。
03年8月からは、”The Finest”(毎週金曜日)を渋谷HARLEMにてスタートし、企画の段階から加わり、2F、3Fを総合的にプロデュースする。この年9月からは、 FIRSTKLAS(ZEEBRA、今井了介で結成したプロデュースチーム)に加わり、プロデュース業にも力を入れる。
03年〜04年にかけては、FIRSTKLASでオーディション番組”MTV STAR TOUR”にて新人発掘に力を入れるなど、広範囲に渡って活動中。
DJ HAL (2006.10.14 Booty)

2000年、東京近郊を中心にR&B/HIPHOPの選曲を中心にクラブDJとして活動を始めたDJ HAL。
幼少の頃よりピアノとドラム、歌で培われた音楽センスで豊富な選曲と多彩なスキルを最大限に活かしたグルーブ感あるプレイは、わずか5年のキャ リアとは思えぬ存在感を醸し出している。
2003年にはその非凡なるセンスを見出され日本を代表するsinger、 HI-Dの専属ツアーDJとして新たな展開を開始し、若干20歳にして更なる活動の場を全国に広げる。 共演アーティスト JIN(Ruff Ryders) LORD FINEESSE/THE BEAT NUTS/ KENNY DOPE /CIPHA SOUNDS /DJ JAZZY JEFF /GURU(GANGSTAR) 。
また日本を代表する “DJ CELORY”と共に2005年4月より渋谷HARLEMにてメインDJとしてイベントをスタート。
新たな展開としてPro-SeeDをはじめ、他ダン サーなどのオリジナルトラックメイキングもこなし、今年8月に「DANCE FUNK」(DVD)のtotal music producerとして参加、HI-Dのalbum(me 2 you)にもinterlude2曲参加、DANCE DVD『ALL MY WISH』のtotal music produceもこなし『DJ HAL』として映画にも参加,人気ROCKグループ『SIAM SHADE』のボーカル『HIDEKI』のNEW SINGLE(カップリング曲)『東京装置』DJ SCRATCHで参加 TRANCE DJ 『TORA』のアルバムにも参加 HIPHOPとTRANCEの融合を実現 ジャンルを超えて、様々な音楽とのコラボを実現させている不定期リリースされるMIX CD 『FUNKY STUFF』『ULTIMATE BEAT TRAVEL』他にまれをみない非常に高い評価をリスナーのみならず、現場からうけている。
現在、最も将来を期待されているDJである。
DJ LEAD (BOOTY)

今年でキャリア8年目にあたる京都出身のDJ LEADは、地元でのDJ活動中にPARTYをPRODUCEしたりMIXTAPEの売上本数を伸ばし、MOLUV ENTERTAINMENT(www.moluv.jp)にて新譜レビューを担当する。
その後関西に来た海外の大物アーティストの前座(DJ ENVY, DJ JAZZY JEFF, Tony Touch, DJ EVILL DEE & MR,WALT, DJ SPINBAD, DJ STRECH ARMSTRONG, DJ GOLD FINGER, XZIBIT, CHINGY,KURUPT, ROSCOE,SHADE SHEIST, BIG BOY&DJ E-MAN) などをして着々と実力をつけていった。
2003年には大阪ミナミにて「AZURE」というクラブをオープンし、毎週金曜日「SHEETS」で自身がレ ギュラーーDJを努め、活動範囲を関西に広げる。その後、MAGUMA MC'SのRYUZOのLIVE DJとして全国ツアーに同行するなどし、アーティストとの交流を全国へと広げていった。
DJ LEADの勢いはそれでも止まらず、2004年にはNYのヒップホップラジオ局「HOT 97」にてレギュラーDJを努めるDJ ENVYを日本に招き、DJ ENVYの全国ツアーの前座DJとして全国を一緒に周った。更にはこのツアーをきっかけにDJ ENVYにNYのラジオ番組へ招待され、HOT97に出演すると同時にDJ ENVYのBIRTHDAY BASHが行われたクラブでもプレイするに至る。
さらに他県、海外との交流を拡大する一方、大阪では毎週日曜日SAM&DAVE2でのレディースナイト FREAKYへの参加、R-RATED RECORDS主催のLA FAMILIAでのPLAY。
また、2005年3月京都にて自身がOPENさせたCLUB,「sound base SEED」でのBooty(毎週土曜日開催)など地元京都での活動も怠らない。
[DJ LEAD Internet Radio]
DJ LEAD Busman's Holiday
DJ Mr.CAMP (BOOTY,MASSIVE)

95年N.Y.に単身渡米、無名の東洋人ながらそのスキルの正確性、卓越したターンテーブル・センス が現地にて認められたことで、FUNKMASTER FLEX等の本拠地として知られるクラブ「TUNNEL」の毎週末金曜日レギュラー枠を獲得する。
N.Y.在住期の間に自主でミックステープ・シリーズ “BACK IN DA DAY 1〜4”を制作、ニューヨーカー達を相手に実に約1200本というセールスを上げるに至った。
’00年からは、京都GRINDにて現在まで続くマンス リーイベント “LESSON”がスタート。彼は新シリーズ“NEW ERA”の制作にも力を入れ始め、2001/12月にVOL.1、2002/5月VOL.2、2002/10月VOL.3、2003/5月VOL.4を 全国発売。2003/10月VOL.5の発売に伴い全国プロモーショナルツアーも大成功に終わり、それぞれ順 調な拡売を見せた事実こそ彼が全国区において新たな支持層の獲得に成功している。
現在は自身が主宰の多目的集団『TENT&TRAILS』を活動拠点に据え、サイド・キック付きの営業やライブ、ショーケース・サンプラーやオリジナ ル・トッラクの提供等、更なる可能性を広げるべく多彩かつ堅実な活動を展開している。
N.Y.仕込みのグルーブ感と、日本人ならではの繊細なスキル、 キャリアとレコードの所有量に裏打ちされた深みのある選曲・・・彼のDJセンスがグローバル・スタンダー ドな認知へと 進化する日もそう遠くはないだろう。
DJ SHIOTSU (BOOTY)

毎週土曜日京都祇園@SEED『BOOTY』レギュラー出演!旧友DJ LEAD MR.CAMP等と共に京都のHIPHOPシーンを支えるDJ SHIOTSU。
PARTYにおいてCLOSERの役割を果たす、そのセンスは本物で選曲の幅も広くリスナーを納得させ踊らす実力を持つ。
これまでに国 内外問わず様々なゲストを招き京都、大阪公演(THE PHARCYDE, BIG BOY & DJ E-MAN, KURUPT, XZIBIT, ROSCOE, SHADE SHEIST, PETE ROCK, DJ EVIL DEE &MR WALT, DJ TONY TOUCH, DJ STRETCH ARMSTRONG, DJ SPINBAD, FUNKY DL)のフロントアクトとしてDJをこなす!!
またMIX CDのリリースもしており、今までにLOVE SESSION PT1, PT2 (TAPE) , COAST 2 COAST (CD) そして今年11月26日には自身4作目となる HOUSE OF BLUSE をリリースする。
またトラックメイクやアートワークもしており、自身のCDジャケットなどのイラストを自分でデザインしている。
DJ YMX (BOOTY,INF)

最新のHIPHOPからREGGAE、古いR&Bまで拘りのある選曲でブレンドや絶妙なコスリを織り交ぜ、クラブ、PARTYの概念を意識しながらも独 自のルーティーンでフロアを揺らす。
今までに数多くのイベントやPARTYを主催したり、自身の尊敬する海外のDJ達(DJ PREMIER,GURU,PETE ROCK,EVIL DEE & Mr.WALT etc...)のフロントアクトも積極的にこなし、交流する事で彼らのバイブスを吸収して行く。
現在は京都で最も勢いのあるPARTY、毎週土曜日開催 の「Booty」@soundbase SEED(京都で唯一の帯PARTY)のDJを任され、精力的に活動する。
DJ MICCHY (BOOTY,Make Up)

2001年、地元の京都を中心にDJとして本格的な活動を開始するDJ MICCHY。
R&B、HIPHOPを中心としたプレイスタイルで、これまでに、京都を代表する帯 レギュラーパーティー「DIMENSION(2003年終演)」や「GOLD RUSH(2004年終演)」などで毎週プレイする他、国内外の様々なアーティストと現場を共にし、着実に経験を積んでいった。
クラブプレイ以外では、 MIX音源「MAKE UP-R&B MIX-」を2作リリースし、数多くの支持を得ている。現在、京都で最も旬なクラブ「sound base SEED」で、毎週土曜日開催中の看板パーティー「Booty」のレギュラーDJを勤め、土曜の夜を熱く演出している。
その他、自身がオーガナイズを手 掛ける2つの大型パーティー「MAKE UP-KYOTO R&B PARTY-@SEED」、「GO!GO!TRAIN@METRO」を定期的に開催するなど、今後の動向に注目せざるをえない。
MC BESHALIST (BOOTY)

京都生まれ生粋のHIP HOP中毒MC。
京都老舗パーティー「LESSON」(ULTICUT UPSらも出演。)でのメインLiveや京都初の帯パーティー「BOOTY」、そして「GO!GO!TRAIN!」等でのHOSTを務め、自ら指揮をとるイベント「LABORATORY」等、京都・大阪を中心に精力的に活動中。
自らのビートボックスをベースにし、HIP HOP心をくすぐる粋なサンプリングを絡めたオリジナルトラックに、鋭くも滑らかなフロウをのせた完成度の高い楽曲群が最大の売り。
もちろんスキルフルなビートボックスも特筆すべき彼の重要エレメントであり、そのスキルを認めたAFRAの推薦により、MTVにてLive映像がON AIRされ話題に。
B-BANDJ(瘋癲)とのステージ共演、GURU(GANGSTARR)やFUNKY DLの前座(両ステージ共にINCLEDIBLE BEATBOX BANDのK-MOONとのジョイント)、また自身がHOSTを勤めるBOOTではMarley Marl & Craig G、TONY TOUCHやDJ KEN-BO、DJ CAUJOON等と共にパーティーを盛り上げてきた。
このように幅広いマイクパフォーマンスで積み重ねてきたキャリアそのものが、彼の実力の何たるかを物語っている。BESHALISTは京都のシーンに欠かせない京都代表のアーティストである。
DJ TOPPO (BOOTY)

今までに国内外問わず数々のビックアーティストのフロントアクトを務める傍らファッションショー、カットショーなど年間100本以上のイベントオ ファーをこなし多方面のオーディエンスからも信頼を得ている。
さらに1st MIX CD『MONSTERS BOX』をリリースや『ヒロム』とのユニット『モンスターズ☆HOUSE』としての活動も精力的に行っている。
現在京都で唯一毎週土曜日の帯のパーティー『BOOTY』at.【SEED】、偶数月第一日曜日開催『GO!GO!TRAIN』at.【METRO】 など多数のレギュラーイベントにも出演。
DJ AGEISHI (BRIDGE)

'73年東京赤坂MUGEN(当時のゴーゴークラブ)でDJとして活動を始める。
'75年同系列店の日本で始めてディスコと銘打った赤坂BYBLOSでソウル、ロック、ディスコミュージック(ガラージミュージック等)を中心に10年 間DJとして活躍し、毎晩人々を踊らせ続けた。
'87年JAVAJIVE(六本木)でレゲエ・アフロ・ラテン・スカ全般にワールドミュージックを中心にミックスしたDJスタイルを確立。新たな音楽の 世界に2年間没頭する。
'89年クラブカルチャーのパイオニア的存在であった渋谷のクラブCAVEがオープン。彼はそのクラブにレジデンツDJとして招かれる。 '90年代初頭(ハウスミュージック全盛期時代)には、Club NEXT(西麻布)、GOLD(芝浦)、YELLOW(西麻布)、MANIAC LOVE(青山)、J-TRIP BAR(渋谷)、WannaDance(西麻布)、Apollo(青山)、web(三宿)、MILK(恵比寿)、真空管(原宿)、WIRE(新宿)など 数え切れない程のレギュラーDJをこなしクラブDJとしての地位を確立。
'90年代後期、活動拠点を大阪に移し、PEACECAFEのサウンドプロデューサーとして数々のオリジナルミックスCDを手がけるなど、カフェ& ミュージックをキーワードに演出。
’01年より、京都@世界(WORLD)にてレギュラーハウスパーティー"STYLUS" '04より"FLAVOR"をスタートさせ京都のシーンにも影響を与える。 現在、レギュラーパーティー、"Rhapsody"@Zing、"LEGEND"@Grand Cafe、"The EdEN"@NOON、"MOONSTONE"@salon de CALIGULA"、"AFTER"渋谷@Sone Bar、またSAZA*E(5F flamingo)では幅広いラウンジスタイルでプレイ中。その他、有線放送(High Clouds)ではSunday MixShowを担当、各FM局の選曲を手掛けるなど手腕を発揮している。DJ道も33年目に突入し、その場の空気を変えるプレイは世代を問わず幅広い 層に支持され続けている。
Mudd a.k.a. Paul Murphy (2006.11.30 bud Mudd a.k.a. Paul Murphy JAPAN TOUR 2006)

Mudd aka Paul Murphy(AKWAABA/RONG MUSIC)ロンドン郊外にある小さな町、セントアルバンスで少年期を過ごした80年代後半には、地元の友人スティーブ・“フェラ”・コーティー(後の チキン・リップス/アクワーバ)やトム・リー(後のアクワーバ)らと共にBMXや初期ヒップホップに夢中になっていたポール・マーフィーは、やがて80 年代末期となり、アシッドハウス/セカンド・サマー・オブ・ラブの喧騒を体験する。
当時レイブキッズだった彼も90年代に入ると次第に音楽的関心は ニューヨーク/シカゴのハウスミュージックへと移り、”Release the Plessure”や”Bang the Party”、イジャットボーイズによる伝説のパーティー”Phreek nights”など、後のUK NU-HOUSEシーンの礎となったアンダーグラウンドでホームグロウンなハウスシーンに接近していき、地元のクラブでDJをするかたわら、スティーブ /トムらと楽曲制作を行うようになる(ポールは主にプログラミングを担当)。
やがてイジャットボーイズのサポートによってリリースされたアフロ・トラ イバルなシングル[Akwaaba/”Jus Pilau”]がNYのDJ フランソワKに称賛され、一躍その名をハウスシーンの中で広める事となり、その後イジャットのレーベルDiscfunctionから傑作と呼び声の高い 2枚のアルバム[“Do It Tommorow”], [“Too Shiny”]を、Nuphonic, Tummy Touch, Struttなどのレーベルから数多くの12インチやリミックス作品をリリースした後、Akwaabaの3人はそれぞれ別の道を歩む事を決める。
’04年6月、ポールはRong MusicからMudd名義でのソロ12インチ作品[Adventures In Bricket Wood]をリリース。 これがアンダーグラウンドヒットとなり、続く’05年、米西海岸ジャズシーンの巨匠、チコ・ハミルトンとのコラボレート作 [Kerry’s Caravan]がリリースされ、ダンスミュージック系のみならず様々なジャンルのリスナーの間でその名前を知られるようになる。
そして’06年9 月、自身初のソロアルバムとなる本作[Claremont 56]をリリース。 彼と親交の深いRune Lindbaekらノルウェー勢の近年の作風にも通じる様な、ダビー、バレアリック&サイケデリックで、かつ多種多様な音楽的エッセンスの溶け込んだ傑 作アルバム[Claremont 56]のリリースによって、今後新たなリスナーを獲得していく事は確実だろう。
KING JAM (2006.11.03 GLAM BERRY JAM)

1998年に結成。
大阪のクラブを中心に活動を開始する。その2年後にMC PIKKALがNYに渡米する。同年現セレクターのSTEEL-Tと出会い、NYのブロンクスサウンドのGHETTO LIFEのSKERRITと会ったのをきっかけにレギュラーダンスを開始する。それ以来ブロンクスで月に2、3回のレギュラーダンスを持ち今年で6年目。
その6年間にジャマイカのSTONE LOVE BASS ODESSAY、FIRE LINKS、ニューヨークのサウンドではAFRIQUE、MASSIVE B、STEELIE BASHMENT、HIP HOPではJUELZ SANTANAなどのショーでも精力的に活動をこなす。NY以外では、アトランタ、フロリダ、ニュージャージ、ワシントンDC、コネチカット、海外ではバミューダ諸島など各地にも活動の枠を広げる。
ブルックリンのサウンドのAFRIQUEのSUPA FLEXと会ったのもきっかっけでこれらの地方での活動枠を広げる。KING JAMに新たなメンバーとしてMIKIとHAJIが加わりメンバーが4人になり、現在はMC PIKKALが日本に帰国、その他のメンバーはNYで活動を続けている。
日本と海外に分かれての営業を2006年から開始する。2006年6月には初ア ンティーガでのショーを予定しており、これからも世界で幅広く活動していく予定。
JAM BULLET(GLAM BERRY JAM)

京都は山科の地に結成。結成当初よりLEOのキャッチーながらも筋の通った選曲、GUNの類まれな“しゃべり”のセンス、SHACHO-SANのアグ レッシブな営業により多くの支持を集め、「ダンスホールレゲエ不毛の地」といわれた京都レゲエシーンの火付け役となる。
2004年に石川産山科人MASHIRITO(CREATOR)の加入によりその活動に深みを増し、このころよりオリジナルトラックの制作にも力を注ぐようになる。
また、桜ファミリーとして活動を共にする盟友、遊人・コウタロック・ユウコングなどと共に『遊煙地』『れげえのえ』『ラガの素』など数々の個性的なダンスを企画し、現在はBUMPKIN PRODUCTIONと共にsound base SEEDで『GLAM BERRY JAM』を毎月第1金曜日に開催中。
その他、METROでの京都最長寿ダンス『SkaっとReggae』にもレギュラー出演中。
遊人(GLAM BERRY JAM)

京都・山科出身2月14日生まれ現在24歳
2000年、当時入っていた少年院において偶然出合った一冊の本、その中に登場したジャマイカン・スターに自らの生き方を重ね、その後の人生をレゲエ DEEJAYとして生きていくことを選ぶ。
退院後、幼少の頃からの遊び仲間であった現JAM BULLETらとともにレゲエクルー『桜ファミリー』を結成し、その年の内にDEEJAYとして初舞台を踏む。
2001年に入り『桜ファミリー』として レゲエイベント『遊煙地』をスタートさせ、当時停滞を続けていた京都のシーンに新風を送り込むとともに、自らもそのメインアクトとして生来のカリスマ性を十分に発揮し、一躍人気者に。2002年から2003年にかけて三木道三やACKEE&SALTFISH、NG HEAD、まだまだ無名時代の湘南乃風など数々のアーティストのフロントアクトとして登場。お客さんを楽しますためならば、着包みやコスプレすらも厭わないエンターテイメント性重視のスタイルが好評を博し、それまでレゲエに興味を持たなかった人々をも巻き込み、ファン層を拡大していく。
2003年秋に は京都発のレーベル、クエスチョンハウスレコードより7inch『MARI-CHANG』を発表。リリースツアーとしてKURTIS FLYやMONKY KENなどと共に西日本を中心に各地でライブを行う。年が明け2004年、その1曲が沖縄在住のジャパニーズレゲエ界きっての名プロデューサーB.P. の絶賛を受け、楽曲の共同制作の誘いがかかる。それ以来B.P.のもとに師事するようになり、京都と沖縄を往来する生活が始まる。2006年に入り本格 的に楽曲製作を開始、今に至る。
一度出会ったものには確実に強烈な印象を植え付ける、キャラ立ちのよさと奇妙なほどの存在感。耳に残るハイトーンな声と、自身の生き様に裏打ちされた ユーモラスかつリアリティ溢れるリリック力。ステージの内外問わず見せる破天荒な行動。少年マンガの主人公のようなこの男の可能性はいまだ落ち着く先を 知らない。
SUNSHINE(GLAM BERRY JAM)

2004年後半から活動開始。
2004年11月から京都のBLACK BOXで始まった【PASSAPASSA TUESDAY】(現PASSAPASSA SUNDAY)に05’4月までREGULER出演し、同時に滋賀でSUN SHINE主催の【JAMBORY】も開催。
それをきっかけに滋賀、京都のDANCE中心に出演。 現在、京都で【GLAM BERRY JAM】【BURNING】【RING RING RING】滋賀で【FRIDAY MIDNIGHT EXPRESS】をREGULERに持つ。
DABO (2006.8.05 BOOTY SP)

"実力派"という表現もどこかチープに感じてしまうほど卓越したラップ・スキルの持ち主、DABO。
ソロとしてもアルバムが10万枚以上のヒットを記録したと同時に日本で最も人気と実力のあるHIPHOPグループ“NITRO MICROPHONE UNDERGROUND”の主要メンバーでもある彼はアンダーグラウンドHIPHOPのアーティストとしては異例の人気を手に入れた。
また、その才能は多くのアーティストにも認知されており、HIPHOP作品への客演はもちろんのこと、BOAやCHEMISTRYなどのメジャー・シーンで活躍するアーティストの作品にも参加しており、彼は日本で最も忙しいラッパーと呼べるであろう。
DABOが他のラッパーとは異なる大きな特徴の一つとして、日本語では考えられない韻の踏み方とリズムの取り方が挙げられる。流れるようにリズムにリリックを乗せていく彼のラップは、他の誰も真似できるものではなく、彼がアーティストからも支持され、客演に多数参加する一つの要因となっている。
二つ目の特徴としては、彼の書くリリックの内容である。リリックのサンプリング技術や引出しの多さは卓越しており、リリックの使いまわしの上手さが飛びぬけているのである。また、一曲を通してリリックの内容がストーリー性をもっており、とかく言葉の羅列のみで無意味になりがちなHIPHOPにおいて、彼の吐き出す言葉一つ一つが物語となってリスナーの耳に入っていくのである。
もはや、アンダーグラウンドの人気ラッパーの域を越えて、オーバーグラウンドに活躍するアーティストとして一般リスナーにも認知されているDABO。
彼の新作を首を長くして待っている多くのリスナーのみならず、新たなリスナーを開拓していく上でも、次の作品がクラシックになることはマチガイナイ。
RYUZO

94年にラッパーとしての活動を開始して以来、MAGUMA MC's としての勢力的な活動を行ってきたRYUZO。
伝説のアナログ「OWL NIGHT」に唯一京都から参加し、日本人アーティストとの共演はもちろんのこと、関西ではほとんどの来日ヒップホップアーティストの前座を務めるなど し,98年にはDESPERADOと共に「GREEN FORCE CREW」を結成。2001年には名古屋(M.O.S.A.D.)・京都(MAGUMA MC's)・横浜(OZROSAURUS)から成る「YOUNGGUNZ」を結成し、OZROSAURUSの1stアルバム『ROLLIN’045』に 楽曲を収録。2003年にはMAGUMA MC'sのフル・アルバム『MASSIVE』をリリース。また、同時期に発売されたDABOの3rdアルバム『DIAMOND』にも参加。
2004年に 入ってからは、DJセロリのアルバム『BEATS JAPAN』や妄走族の4thアルバム『進行作戦』に参加。DABOやDJ EVIL DEE (THE BEAT MINERZ)の全国ツアーに同行するなどし、ライヴ活動を続けながらも2005年にはDJ HAZIMEの1stアルバム『AIN'T NO STOPPIN THE DJ』や"E"QUALの1stメジャーミニアルバム『ごうだつゲーム』、DJ RYOWの1stアルバム『STREET DREAMS』, 565 FAMILIAの1stアルバム『GANGSTA BOOGIE』、KONAMIのコンピレーションアルバム『573』、DELIの2ndメジャーアルバム『24』に参加。
同年、遂に自主レーベル【R- RATED RECORDS】を設立し、【BABY MARIO PRODUCTION】、【FUTURE SHOCK FOUNDATION】、【avex trax】と強力タグを組んで待望のソロミニアルバムをリリースする。
また、R-RATED RECORDS所属アーティストであるANARCHY 、LA BONOと共に「THE CHEVY$」を結成するなど今後の活動からも目が離せない!
ANARCHY

1995年にラッパーとしての活動を開始し、数々のライヴで全国にその名をとどろかせる、現在ストリート注目度NO.1のラッパー。
2000年には JC, NAUGHTY, BERRY, DJ AKIOと共に【RUFF NECK】を結成し、2003年に発表した自主制作のマキシシングル『GHETTO DAY'Z』は驚くべきことに一ヶ月で2000枚を完売するに至った。
その後もB-NINJAH&AK69『DA REAL THING』,『HARLEM VER 3.0』, DJ HAZIME『AIN'T NO STOPPIN' THE DJ』などのアルバムへの参加を経て、2004年、【R-RATED RECORDS】に立ち上げから参加。,YAKKO FOR AQUARIUS『MY HOOD IZ...』,RYUZO『RELOADED』RYUZOなどへの参加後、マキシシングル『GHETTO KING』を12月21日に発売し、オリコンインディーズシングルチャート初登場4位を獲得。
2006年4月19日には待望のセカンドシングル 『GROWTH』を発売。
また、2006年には遂にフルアルバムをリリース予定。
LA BONO

自身のクルー【307 BOY$】と共に着々と勢いを増しているLA BONO A.K.A. BITTER CAPPUCINO。
2001年より京都最大のヒップホップパーティー"RING THE BELL"をプロデュースし、毎年平均600人以上を集客中。
また2002年には名古屋PHOBIA OF THUGのMR.OZ、RUFF NECKのJCと共にマンスリー・イベント"TRAININGG DAYZ"をプロデュース。1年間開催されたこのイベントは京都WOOPEESに毎月平均200人を動員。
この頃からMCとしての才能を開花し始め、 M.O.S.A.D., B-NINJAH&AK-69, DJ RYOW,II-J, PHOBIA OF THUG, BIG RONなどのアルバムにフィーチャーされ、いよいよ2006年3月22日にファーストソロマキシシングルをBIGG MAC RECORDS/R-RATED RECORDSから発売。
YOUNG BERY

今期、ドラフトNO.1ラッパーANARCHYを要する京都発のヒップホップグループRUFF NECKからYOUNG BERYが更なる旋風を巻き起こす!
2000年にANARCHY, JC, NAUGHTY, DJ AKIOと共にRUFF NECKを結成し、2002年に1000枚限定で即完売した自主制作のマキシシングル『BLACK JACK / RUFF NECK』は現在でもプレミア作品としてオークションなどで高額取引されている程の人気を誇り、その後もライヴ活動を続けながらB- NINJAH&AK-69『DA REAL THING from the street』、DJ 4-SIDE『THUGS 4 LIFE』やDJ RYOW『PROJECT DREAMS』などに参加。
遂に2006年5月31日、ファーストソロEP『REAL RIDE S**T』をBIGG MAC RECORDSからリリース!
NAUGHTY

2000年にANARCHY, JC, YOUNG BERY, DJ AKIOと共に【RUFF NECK】を結成し、2002年に発表した1000枚限定の自主制作のマキシシングル『BLACK JACK』は現在でもプレミア作品としてオークションなどで高額取引されている。
地元や近県でのライブ活動に励んでいたNAUGHTYは、RUFF NECK名義で参加したB−NINJAH&AK−69『DAREAL THING』やDJ 4−SIDE『THUGS 4 LIFE』、YOUNG BERY『REAL RIDE SHIT』、また、GHETTO SUPERSTARS名義で参加したDJ RYOW『PROJECTDREAMS』、SHADY『GETTIN’ PAID』、GRANDBEATZ『PROJECT DREAMS PT.2』などで示されるように、卓越したライムスキルを武器にするリリシストとして一目置かれる存在であった。
そんな彼が遂にR−RATED RECORDSからソロデビュー。
第一弾として11月8日にマキシシングル『SLICK LYRIC』をリリースする予定。
RUFF NECK

2000年にANARCHY, YOUNG BERY, NAUGHTY, JC, DJ AKIOの5人で結成。
2002年に1000枚限定で即完売した自主制作のマキシシングル『BLACK JACK / RUFF NECK』は現在でもプレミア作品としてオーク ションなどで高額取引されている程の人気を誇る。
近県でのライヴ活動を続けながら、RUFF NECK名義としてはB-NINJAH&AK-69『DA REAL THING from the street』やDJ 4-SIDE『THUGS 4 LIFE』などに楽曲を提供。
ANARCHYは2005年12月にソロデビューマキシシングル『GHETTO KING』(FUTURE SHOCK/R-RATED RECORDS)を発表し、さらに2006年4月にはマ キシシングル『GROWTH』(R-RATED RECORDS)をリリース。年末にはファーストアルバムのリリースを控えている。
また、YOUNG BERYは2006年5月にデビューミニアルバム『REAL RIDE SHIT』(BIGG MAC WORKS/R-RATED RECORDS)を発表し、RUFF NECKの音源も1曲収録。
NAUGHTYは2006年11月にデビューマキシシングル『SLICK LYRIC』(R-RATED RECORDS)をリリース予定で、本作にもRUFF NECK参加 の楽曲を収録予定。
餓鬼レンジャー(2006.9.22 INF)

メンバーは直球なラップをするヨシと変化球なラップのポチョムキンの二人を中心に、サブ・メンバーとしてDJ/トラックメーカーのHigh Switch a.k.a HiroとGreenPeeace a.k.a Nobbで構成されている。
94年に熊本で結成、98年にはP ヴァインよりミニ・アルバム「リップ・サービス」をリリース。エロっぽいリリックに、タイトなライム・フローから生まれる斬新なスタイルで、他のラッ プ・アーティストとは一線を画す存在として話題になり発売以来3万枚近くを売り上げる。
そして01年マキシ・シングル「火ノ国 SKILL」リリース。オリコンのインディー・チャートは勿論、シングル・チャートにもランク・イン!!スニッカーズのCMソングにも起用され同年5 月、遂にメジャー・デビューとなるマキシ・シングル「火ノ粉ヲ散ラス昇龍」を、7月にアルバム「UPPER JAM」をリリース。アルバムはオリコン初登場16位にランクキング。発売後6週まで100位圏内に留まるヒットとなった。全国30箇所にもおよぶ初の ツアーも超満員の大盛況!
2002年12月、メジャー2nd Album「DA-PONG」リリース。彼らの代表曲である「MONKEY4」や「ラップ・グラップラー餓鬼」も収録。04年、NIGOの主宰する「A BATHING APE」のコンピレーション盤“(B)APE SOUNDS”にも参加し、圧倒的な存在感を見せ付けた。同年7月にリリースした3rd Album「ラッキー・ボーイズ」 では、お笑いコンビ「くりいむしちゅー」を客演に迎えるなど、彼ららしい仕上がりになっている。
そして05年12/21にリリース予定の4th Album 「GO 4 BROKE」は、結成10年を過ぎ改めて自身の音楽に対する意思表明を「当たって砕けろ!」というメッセージに託して創り上げた意欲作。
とはいっても餓鬼レンジャーらしい「エロ」と「ユーモア」も忘れず、ヴァラエティに富んだ仕上がりとなっている。
SCARS(2006.11.24 INF)

“A”THUGを中心に90年代後半よりストリートを中心に結成。
2004年に既に作品をリリースしていたI-DeA,SEEDA,BES等が加入する事でストリートを通じて学んだ様々な経験を音楽に反映させ本格的に活動をスタート。
個性派揃いのMC達が、それぞれが育った環境から得た事柄をストレートに/巧みに世界基準のビート上で表現し、他のアーティストが持っ てない独特の雰囲気と世界観は瞬く間に噂となり唯一無二のユニットとして、アルバムのリリースを期待されていた。
いわば、東京ストリートのドリーム・ チームと言っても過言ではない。